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「問題」と「正解」について多くの人が勘違いしていること

https://www.webchikuma.jp/articles/-/2817

  • これまで学んできた学びは、問題はすでにあって、それを解決する、その解決の答えをしている人がいる
  • でも、本当の課題はなんてもんは、与えられない
  • 課題は、自分で見つけるなり、立てるなりをして、そこに対する答えも自分で導かないといけない
  • 課題の答えを持っている人なんていないし、自分の答えが答えである
  • さてここでの問題とは何だろうか。よくいるのだが、アイスの売り上げが減少していることと答えた人は間違いである。ある困った事態が発生したときに、それを問題と考える人がいるが、それは違う。それは現状である。望ましい状態は売り上げを増やすこと(減らさないこと)である。ただ、売り上げを上げたいと念じていても売り上げは上がらない。だからこのレベルで問題を捉えても解決はできない。そこで問題をより具体的で、操作が可能な問題の形に変形しなければならない。そこでこの開発者はインタビューを通して、「持ち運びやすく、飲める」アイスを開発するというゴールを作り出す。これによって問題自体を創発させているのだ。この問題の解決のためのオペレータは、パウチ容器を用いるとか、シェーク状にするなどである。もちろんそこからさらにいくつもの問題が出てくるのだが、この開発者の素晴らしいところは、問題を作り出している=創発させているという点にある。問題は初めは存在していないのだ。単に困ったなぁというのは問題ではない。自分が用いることのできる操作がうまく適用できるように、自分で作り出さなければならないのだ。また言うまでもないことだが、彼が問題を解決しようとした時には、正解を知っている教師はいない。そもそも正解なんか、誰一人わからないことが多いのだ。
  • これがとてもいい例である
  • 俺自身も課題を選定する能力が低いから、アイデアの乏しいプロダクト開発になってしまうんだろうな
    • 問題の設定の大小よりも、課題を設定して、そこに対して答えを作る(=プロダクトを作って、便利にする)というプロセスを回す方がいい
  • 基礎から応用」という素朴理論
  •  これと関連したもう一つの素朴概念は「基礎から応用」というものだ。基礎的なことを学習した後に、それを応用するものが用意される。ここでは単純から複雑という素朴概念も関係しているだろう。最初に単純なことを学習し、それを組み合わせてより複雑な問題にチャレンジすることがふつうだと思う。先程の言い方をすれば、基礎的なこと、単純なことは、応用や複雑な問題を解くときの操作として機能する、ということになるだろう。
  •  ただこれもあまり現実世界にはない話だ。それはどんな問題に直面するかが不確定だからだ。どんな問題が出てくるのか、どこらへんの問題が出てくるのか、そうしたことがわかれば、事前に操作を学習しておくことはできるだろう。しかし、現実世界ではそうしたことはわからない。だからその場で必要な操作を学ばなければならないことはとても多い。
  • 基礎を学んで、応用なんていう方法で解決できる方法の方が少ない
    • だって、課題を前もって知ることはできないし、どんな大きさの課題があるかなんてわからないから
    • 技術もどこまでも突き詰めることはできるけど、どんなタスクをもらうかわからないから、過剰に怯える必要はなくて、そのときに必死になって、課題にアプローチできる能力の方が大事な気がする
      • 作業じゃなくて仕事をしよう
  • これ読んで思ったのは、技術を磨いても、課題を見つけて、それを解決できる能力がなかったら、義務教育の奴隷と同じだと思おう
    • ただ、解決手段を持っているいる人間になっているだけ
    • 技術も大事だけど、それ以上に課題を認識できるような思考を持つ必要が重要
      • そのためには、いろんな方向にアンテナを張って、ハッカソンにでたり、自分の不便だなって思うようなことに対して、アプローチする練習をする方が自分のためになる

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