- 今では当たり前に考える資本主義社会だが、それの先駆者として考えたのがマックス・ウェーバーであった
- 前提として、プロテスタントティズムの倫理と資本主義の精神があるのだが、これは単純な話で、19世紀のヨーロッパでは神の存在はまだ信じれらていた
- プロテスタントが分離する、それで宗教的な秩序が維持できなくなる
- 信仰の対象がなくなるということ
- そこで、予定説というのがあり、簡単にいうと人間の運命は既に神によって、決まっていて、人間には変えることができないという話である。
- プロテスタントが崩壊して、信者がその予定説によって、精神が正常に保たれなくなった人はどうしたのか?
- 何もしても無駄?という宿命論に陥るのか?
- そこで、日常的な禁欲だったり、職業労働への専心だったりをすることで、少しでも神に救いを求めた
- 徹底的な禁欲をすることで、儲けた富を投資に回すことになり、そこから資本主義の社会の歯車が周りだしたということ
- プロテスタントが分離する、それで宗教的な秩序が維持できなくなる
- 予定説を信じて、神に救いを求めた結果、資本家が儲けた富は贅沢に使われるのではなく、投資に回ったということが大事な考え
- ここに宗教的な倫理が介入していることを、気づいたマックス・ウェーバーはすごいと思った
- 前提として、プロテスタントティズムの倫理と資本主義の精神があるのだが、これは単純な話で、19世紀のヨーロッパでは神の存在はまだ信じれらていた
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